シーナ・・・休日のコント  星の間に消えてゆく・・・切ない日々。

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第67話 明日また。 19:00
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     ルレ・イル キオストロ・ディ・ピエンツァ

     

    (Relais il Chiostro di Pienza)

     

    というホテルの部屋でワインを飲んでいた。

     

    一人で飲む時はコップで飲む。ワインを飲む

     

    時の心得だ。


     何か物足りない気分だった。昼間走り回っ

     

    て体は疲れているのに神経はいつまでも眠り

     

    につこうとはしなかった。町は小高い丘の上

     

    にある。窓の外には美しい起伏が幾重にもつ

     

    づいている。

     

     広大な丘の上の小さな家と一本の道と木、

     

    世界遺産オルチャ渓谷の風景が広がっている。

     

    だが今は何も見えない。真っ暗な夜だ。私は

     

    窓の外を感じながら飲みつづけ、私を軸にし

     

    て世界がゆっくりと回っている感覚にとらわ

     

    れていた。


     丘の上の小さな家に住んでいる人たちは今

     

    眠りの中にある。彼らの幾代かの先祖たちと

     

    彼らが100年以上かけて作り上げてきた風景。

     

    その上で今眠っている。

     私
    がここに来たいと思ったのはいつだった

     

    か。そしてもう私はここにいる。準備をしス

     

    ーツケースを引きずってシベリアの雪の上を

     

    12時間以上飛んで、何時間も車を飛ばしてや

     

    って来たのだ。なのになぜかここにいること

     

    が不思議に感じられた。


     私は傍らのカメラに目をやった。どうして

     

    写真を撮るのだろう。もちろん仕事にも生か

     

    されているし人に素晴らしいと言われればう

     

    れしい。いつか写真集も作ってみたい。私は

     

    写真を撮ることで何かが見たいのだ。


     私はどうして働くのか。働かなければ食っ

     

    ていけないから。良い物を着たいし好きな車

     

    にも乗りたいし良い家にも住みたい。だがそ

     

    んなことだけではない。私は働くことで何か

     

    が見たいのだ。


       



     安いワインは空気に触れて極端に酸味が強

     

    くなっていた。ぼくはどうかしていた。完全

     

    にひねくれていた。ことごとく自分に突っか

     

    かっていた。もうこのへんにしとこう。明日

     

    またカメラを持って外に出る。窓の外に広が

     

    っている大地の中へすべり降りてゆく。

     

     その風景が美しいほど、広大であればある

     

    ほど、これをつくり上げてきた人たちにとっ

     

    て生きることそのものが過酷であったことを

     

    うかがい知ることができる


     人間の絶え間ない営みがつくり出した風景

     

    ほど美しいものはない。一軒の家が丘の上で

     

    陽をあびている。繰り返される日常の喜びや

     

    悲しみのすべてが、実は幸福の中にあるのだ

     

    と感じることができる。そういう写真を撮っ

     

    てみたい。

     明日また外に出て。




     

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